
水彩絵の具で馬を描く。
筋肉の張りや骨格の流れが一筆一筆に現れるのだ。今回の馬は、〈風と一緒に描いていくような感覚〉が先に来た。色のにじみと線の揺らぎがうまくかみ合い、一つの静かな世界が紙の上に広がっていった。
背景をグレーにしたのは、哀愁を漂わせるため。
ここでは、その制作の裏側にあったノウハウや試行錯誤、描きながら感じたこと、そして次への挑戦についてまとめておく。
水彩と向き合う時間が、また新しい扉を開いてくれると信じて。
1. ノウハウ:ペンの呼吸と水彩のやわらかな広がり
今回の馬は、まずペンで最小限の輪郭だけを置くところから始めた。
正確さよりも“流れ”を重視し、あえて全てを描きすぎないよう意識した。
- 首のラインは一気に流れるように引く。
馬の生命力は、この一本に宿る。ためらうと動きが止まってしまうから、息を止めてスッと引く。 - たてがみは細い線をばらつかせる。
ペンの揺れがそのまま風の揺れに変わる。水彩を重ねることを前提に、あえて少し乱す。 - 水彩は“水→色”の順で置く。
下地を濡らしておくことで、ブルーが自然に広がり、馬特有の筋肉の丸みや陰影が柔らかく表れる。
今回の色は、青と紫を主体にした。馬らしいブラウンや黒ではなく、あえて“空気の色”で描くことで、現実の生き物ではなく〈風の中の記憶〉のような存在にするための選択だった。
水彩は、紙の吸水性・水の量・乾く速度の3つで表情が決まる。
その3つがうまく揃ったとき、水彩はまるで自分で動き始める。
今回の馬は、その“動き始めた瞬間”に出会えた絵だった。
2. 試行錯誤の過程:形を追わず、流れを追う
動物を描くとき、どうしても「正確に描こう」という気持ちが邪魔をする。馬は特に筋肉の構造が複雑だから、描こうとすればするほど固くなる。
そこで今回は、思い切って正確性よりも**“動き”と“余白”**を優先した。
● 失敗①:最初の色が濃すぎた
ブルーを置いたとき、濃度が強くて馬が重く見えてしまった。
そこで、紙が乾く前にティッシュで軽く押さえ、色を引き上げる。
水彩は「取り戻せる画材」でもある。
● 失敗②:背景がにごった
背景のグレーが濁り、馬と同化してしまったので、
一度完全に乾かしたあと、薄いグレーを“横方向に流す”ように再配置した。
結果として、背景に広がる“風の流れ”のような模様が生まれ、馬の動きを自然に引き立ててくれた。
試行錯誤は、絵を壊してしまう不安と隣り合わせ。でもその過程こそが、最後に“もう一歩踏み込めた作品”を連れてきてくれる。
3. 得られた感情:静かな強さと、儚い存在感
描き終わったとき、胸の奥にひとつ芽生えた感情がある。
それは、“強さと儚さが同時に存在する”という不思議な感覚。
馬は本来、力強く、荒野を駆け抜ける生き物だ。
けれど今回の絵の馬は、まるで霧の向こうから一瞬だけ姿を現したような、淡く静かな存在だった。
- 色を最小限に抑えたからこそ生まれた透明感
- ペンの線が語る呼吸
- 水彩のにじみがつくる不確定さ
この3つが合わさると、動物は“生きている瞬間”だけを切り取られたような表情になる。
描きながら、私はずっとこの馬の“静かな眼差し”に心を掴まれていた。
強さではなく、かすかな哀しみのような、優しい迷いのような……
そんな感情が、淡いブルーの中に宿っていくのを感じた。
4. 感動と経験:水彩が教えてくれた“流れに任せる勇気”
水彩はコントロールできない。
でもだからこそ、偶然が最高の味方になってくれる。
今回の馬の影も、最初は狙った形ではなかった。でも、色が広がり、乾きかけの部分と混ざったときに、筋肉の丸みとして生き始めた。
「意図しない美しさ」を受け入れることで、絵が自然と深くなる。
これは何度描いても毎回気づかされる、水彩の魔法だと思う。
そして、この絵を完成させたとき、ひとつ確信した。
水彩は、技術よりも“委ねる勇気”が大事。
線を描き、色を置き、あとは水に任せる。
それこそが、水彩でしか描けない世界なんだと改めて実感した。
5. 挑戦:もっと自由に、もっと物語を描きたい
今回の馬を描いてみて、「もっと描きたい」という気持ちが強くなった。
- 風の馬
- 霧の中の馬
- 夜明けの海を走る馬
- 神話に出てきそうな幻想馬
動物と水彩の相性は、本当に抜群だ。
にじみ、透明感、色の揺れ……全部が動物の生命の一瞬を切り取ってくれる。
次は、さらに余白を大切にした“物語のある馬”を描いてみたい。
スピードでも、正確さでもなく、〈心の動き〉を描ける一枚を。
挑戦は続く。
水彩と一緒に、まだ見たことのない世界へ行く。