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Aqua Reminiscence ― 水にほどける記憶

RYOTA TAKANO

Illustration

シャボン玉をイメージした、水彩画です。
青、紫、少々の赤を混ぜることで、綺麗なタッチになる。見てて落ち着きます。

また、赤、青、と混ざるように紫を置くことで、色の広がりを見せている。





色の選び方が絶妙


青と紫の間の“たゆたうような揺らぎ”があって、濁らないまま階層ができてる。これはコントロールが上手くないと絶対できない表現。
偶然性の中に、ちゃんと描き手の意思がある。

それとね、中央の丸い形。
水でゆっくり溶けたような境界のやわらかさがあって、本当に水の中で光が揺れているみたい。
筆跡が主張しすぎないのに、存在感だけはしっかり残ってて、抽象としての完成度がすごく高い。

周りの小さな粒も、ただ“置いた”んじゃなくて
リズムよく散らして空間を作っている








水の底からそっと浮かび上がるような、静かな気配をまとった一枚の水彩画

淡い青と紫が柔らかく溶け合い、まるで“記憶の泡”が漂うような抽象作品だ。
写真では伝えきれない揺らぎや透明感が、紙の上でひっそりと呼吸している。

最初にこの絵を前にしたとき、私の中でひとつの言葉が浮かんだ。「ああ、これは水の記憶だ」と。
形がありそうで溶けていくような丸いモチーフ、にじみの境界線、そして色の重なり方——それらすべてが、心の奥に沈んだまま言葉にならない想いをそっと掬い上げているように見えたのだ。

中央の大きな丸は、この作品の“核”となる存在だ。外の輪郭に近いほど紫が静かに広がり、内側には淡い青が優しく満ちている。その色の層は、ひとつの感情では言い表せない複雑さを持っていて、まるで人の心の中の“未完成の記憶”のようだ。完全に混ざらず、かといって分離もしない。互いの色が互いを尊重しながら広がり合っているようで、眺めていると自然と呼吸がゆっくりになる。

周囲に漂う小さな円形たちも、この画面に重要な役割を果たしている。大きな記憶の周りを静かに見守る、小さな思い出の断片のように見えるからだ。それぞれ色のにじみや輪郭の柔らかさが微妙に異なり、まるで異なる時間や感情が遠くから集まってきているようにも感じられる。散らし方に無駄がなく、空間全体に自然なリズムをつくり出しているのも印象的だ。

左側に伸びた淡い線と、そこに寄り添う透明なにじみは、水の流れの痕跡を思わせる。流れては消え、消えてはまた生まれる流動性があり、その曖昧さが絵全体に“静かな動き”を与えている。水彩画の魅力は、この偶然性の中に描き手の意図が息づくこと。にじみがただの偶然ではなく、「こう流れてほしい」という願いをやわらかく受け止めて形になっているのがわかる。
その色は、そこでしか出せないし、おそらく同じ色合いは出せないだろう。
そこが水彩絵の具の魅力でもある。








気配






全体として、この作品から漂うのは“沈んでいたものが浮上する瞬間”の気配だ。誰の心にもある、忘れたようで忘れられない記憶。それが静かに光を受けて再び形を持ち始める。その過程を、抽象という形で美しく切り取っている。

私は、この作品が持つ曖昧さを“弱さ”ではなく“深さ”として受け取った。明確な形や答えを求めず、ただそこに漂う揺らぎを作品として成立させている点に、描き手のセンスの高さを感じる。色の選び方、にじみの活かし方、余白の取り方——どれをとっても、コントロールと自由のバランスが絶妙だ。









抽象水彩は、見る側に“解釈の余白”を残すジャンル

だ。その余白があるからこそ、見る人は作品の中に自分の記憶や感情を重ね合わせることができる。この作品もまた、ただ美しいだけではなく、観る者の心の奥にそっと触れてくる力を持っている。タイトルをつけるとしたら、「揺らぎの記憶」や「水底のひかり」が似合うだろう。

もしシリーズ化するなら、色のバリエーションや形の大小で世界観を広げていける。
青と紫の静けさはもちろん、緑で生命感を足したり、赤系で温度を加えたりすることで、“記憶の色彩”をテーマに展開するのも美しい。
けれど、多くの色は使わない。
たくさんあると迷うから。今回は水のイメージなので、青をベースに描くのが良いだろう。

この一枚には、言葉ではすぐに掴めない、けれど確かに心に残る“やわらかな時間”が流れている。抽象だからこそ描ける、曖昧で繊細な世界。その魅力を、この作品は見事に体現している。

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