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Story
月が夜空に淡く浮かぶころ、ひとりの魔法使いが古びた塔の上に立っていた。
大きな帽子を深くかぶり、灰色の外套をまとったその姿は、どこか滑稽でありながら、見る者の胸に重みを残す。彼の隣には、淡い光を放ちながら漂う青い精霊が寄り添っていた。尾をひらめかせ、静かに見守るその存在は、言葉を持たぬが心を通わせる友であった。
その夜、ひらひらと小さな影が舞い降りる。翼を広げたコウモリのような生き物。紫の体に小さな帽子を乗せ、まるで人を真似ているかのような姿だ。
「また塔にこもってばかり? 外の町では祭りが続いてるよ。歌も踊りも、楽しそうなのに」
魔法使いは帽子を傾け、静かに答えた。
「宴は幻のごとし。朝になれば、疲れと後悔しか残らぬ。だが古の言葉は、時を越えて真を告げる」
精霊がくすぐったそうに光を揺らすと、小さな影は羽を大きく広げた。
「またそれだ! ならせめて一緒に夜風を感じに行こう。月が君を呼んでいるよ」
魔法使いは口元をゆるめた。
「月が呼ぶというなら、行かぬ理由もあるまい」
三つの影は塔を降り、町外れの丘へと歩き出した。精霊は肩を包むように漂い、小さな影は空を舞いながら先導する。
丘の上には古びた石碑が立っていた。苔に覆われ、誰からも忘れられた場所。しかし魔法使いにとっては探し続けた「古の言葉」の残滓だった。
「今宵、試みる時が来た」
外套の内から羊皮紙を取り出し、古代の文を唱える。
風がざわめき、精霊の体が輝きを増した。石碑の文字が青く浮かび上がり、月明かりと共鳴する。やがて石碑の前に淡い光の扉が現れた。それは世界と世界の狭間を開く門。
「……ついに」
小さな影は震える声をあげた。
「やめた方がいい。向こうへ行ったら戻れないかもしれない!」
精霊もまた、不安げに尾を揺らした。
魔法使いは二人を見やり、静かに言った。
「恐れることはない。未知こそが我らの道。お前たちが共にある限り、暗闇もまた光となる」
そう告げて、一歩を踏み出す。扉は音もなく彼を飲み込み、光ごと消えた。
残されたのは、青白い光を揺らす精霊と、小さな羽音だけ。
小さな影は石碑にとまり、月を仰いでつぶやいた。
「まったく……どこまでも頑固で、どこまでも自由なんだから」
月は静かに輝き、風は遠くで笑うように吹き抜けた。
魔法使いの旅は、まだ始まったばかりだった。
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