Illustration

STORY
白い大地に、ぽつんと立つ影があった。
それは生き物なのか、それともただの存在なのか。誰にもわからない。ただ、そこに「いる」だけで、世界の空気が少し変わるような、不思議な気配をまとっていた。
その者の背後には、風とも霧ともつかないものが広がっている。ゆらゆらと流れ、時に荒れ狂うように形を変えるそれは、まるで感情のようだった。怒りでも悲しみでもない、もっと原初的な、名前のない何か。
長い時間、この場所は静寂に包まれていた。音はなく、色もなく、ただ白と影だけの世界。しかしその日、小さな足音が近づいてきた。
一羽の奇妙な鳥だった。
細い脚で不安定に立ち、ふわふわとした羽毛を揺らしながら、その存在の前に現れる。鳥は首をかしげ、じっと見つめた。恐れている様子はない。ただ、純粋な興味だけがそこにあった。
「きみは、なに?」
声はなかったはずなのに、問いは確かに届いた。
その存在は、わずかに揺れた。背後の流れがざわめき、かすかな波紋が広がる。答えようとしているのか、それとも戸惑っているのか。
長い沈黙のあと、ようやく、ほんの少しだけ変化が起きた。
その丸い顔の奥に、かすかな光が灯る。
それは意思のようで、記憶のようで、そして初めて芽生えた「自分」という感覚だった。
鳥は一歩、近づいた。
「きみは、ひとり?」
またしても声はない。それでも問いは優しく響く。
その存在は、再び揺れる。背後の流れは、さっきよりも穏やかになっていた。荒れていたものが、少しずつ整っていく。
――ひとり。
その言葉が、初めて形を持つ。
そうか、自分はひとりだったのか。
そのとき、世界に初めて意味が生まれた。
鳥は満足そうに羽をふるわせると、くるりと向きを変えた。
「じゃあ、いっしょにいこうよ」
軽やかな仕草で歩き出す。その背中は小さいのに、不思議と頼もしく見えた。
その存在は動かない。ただ見ている。しかし、確かに何かが変わっていた。
背後の流れが、ゆっくりと鳥の進む方向へ伸びていく。
まるで導かれるように。
やがて、その足がわずかに地面を離れた。
はじめての一歩だった。
白い世界に、ふたつの影が並ぶ。
ひとつはまだ形の定まらない存在。もうひとつは、不格好で愛らしい鳥。
何もない世界に、初めて「物語」が生まれた瞬間だった。