
ペンと水彩で世界を作る
ペンと水彩で世界を作る。
今回の絵は、あくまでペンが主体だ。水彩は補助。色で塗り込めて完成させるのではなく、線で空気を刻み、影を作り、質量を与える。水彩はその呼吸を邪魔しない程度に、そっと温度を足す存在にする。
水彩で濃くしていくのではない。ペンで影を作ってしまう。クロスハッチングや線の密度で奥行きを出し、重さや湿度まで描いていく。線が重なれば空気が沈み、線が抜ければ光が差す。モノクロの世界の中に、すでに立体は存在している。
そこへ水彩を置く。塗る、というよりも“染める”感覚に近い。線の下に薄く広がる色は、形を決定するためではなく、世界の匂いをつけるためのものだ。冷たい青、くすんだ緑、わずかな滲み。それだけで空気が生まれる。
問題は光だ。
光をどう作るか。立体をさらに押し出すには、ハイライトが必要になる。だがデジタルのように簡単には消せない。戻れないという緊張感が、この表現の美しさでもある。
方法はいくつかある。アクリルの白を上から置く。インクで描き足す。あるいは紙の白を活かす。しかし紙の白を残すのは難しい。計算が必要だし、勇気もいる。マスキング液という選択肢もあるが、それは今回の思想とは少し違う気がする。
だからこそ、上から白を足す。
削るのではなく、重ねる。失敗も含めて層を作る。その結果として生まれる不均一さが、手仕事の証になる。白はただの修正ではない。光を描くためのもう一つの絵具だ。
どの白を使うかはまだ迷っている。アクリルか、ガッシュか、ホワイトインクか。それぞれ質感が違う。マットに浮く白もあれば、やや透ける白もある。試しながら決めればいい。実験もまた制作の一部なのだから。
紙も重要だ。
水彩紙は細目がいい。中目以上だと滲みが強く出てしまう。今回は水彩らしさを出したいわけではない。あくまでペン主体。水彩は空気。だからこそ細目で、できればやや薄い紙が合う。水彩の主張を抑え、線を前に出す。
「水彩っぽくない水彩画」
それが今目指している地点だ。
ペンである程度リアルに描いてみるのも面白い。布の重さ、フードの影、背中の丸み。線だけで質量を出す訓練になる。そしてその上に薄く色を置けば、現実と幻想の境界が曖昧になる。
ラフな線でもいい。むしろラフだからこそ、生きる。整いすぎた線は完成しているが、揺らいだ線は呼吸している。震え、迷い、勢い。その全てがその日の自分だ。
芸術とは、完璧にすることではなく、存在させることだと思う。
ペンの黒は強い。水彩の色は柔らかい。その対比が世界を作る。硬質な線の中に、滲む色が入り込むとき、そこに物語が生まれる。
描き込みすぎてもいい。荒くてもいい。重要なのは、自分がどう立体を捉えているかだ。影をどう見ているか、光をどう信じているか。
紙の上に世界を置く。
そのとき、線一本が骨になり、色一滴が血になる。そこに立つ人物は、ただのキャラクターではなく、存在になる。
ペンと水彩で世界を作る。
それは制限の中で自由を探すこと。消せない緊張の中で、光を足す勇気を持つこと。そしてラフな線を、味として信じること。
あぁ素晴らしい。
まだ完成ではない。だから面白い。