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波の記憶と、ひとりで向き合う時間

RYOTA TAKANO

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水彩で風景を描くとき、私はいつも静かな場所に心が連れていかれる。
今回の絵は、まさにその“静けさ”そのものだった。
波が寄せては返すように淡く広がるブルー。
草むらの緑に混じる小さな黄色。
そして、岸辺に置かれた小さな船。

描きながら、そこにある「音のない時間」を自分の中で確かめていくようだった。


When I paint landscapes with watercolors, my mind is always taken to a quiet place.
This painting was the very embodiment of that "tranquility."





体験:水と色が導いてくれた風景

筆にたっぷり水を含ませ、紙の上にのせた瞬間、
ブルーがゆっくりと広がっていく。
それは湖面が揺れるみたいで、形を決めるよりも“流れるままに任せる”時間が始まった。

背景の青は、何度も重ねず、あえて曖昧なままにした。
遠くの山も、淡い緑がひと刷毛だけ。
その曖昧さの中に広がる余白が、見る人に想像の余地を残してくれる。

岸辺に置いた小さな船は、もっとも慎重に描いた部分。
細いラインで形を取っていくと、にじんだ水面の中で静かに浮かぶ影が生まれた。
「この船は今、誰を待っているんだろう」
そんな物語を感じた瞬間、私の筆は自然と止まり、
この風景に“息”が宿ったように思えた。







時間:止まったようで、流れている

水彩の魅力のひとつは、紙が乾いていく“時間”そのものが画面に刻まれること。
濡れたところに色を置けば、じわじわと動き出す。
乾きかけのところに重ねると、エッジが生まれる。
完全に乾くと、淡い境界が静かに定まる。

描きながら、私はその“時間の変化”をずっと見つめていた。

・波の動きのように広がるブルー
・風を含んだ草むらの揺れ
・日の光を吸い込むように淡い黄色の小花
・岸辺の砂のざらつきを思わせる筆跡

これらはすべて、画面に残った「小さな時間の結晶」たち。

不思議なことに、水彩は完成するまでのすべての過程が作品の一部になる。
そのおかげで、この風景は“今にも動き出しそうな静止画”になった。








感情:静けさの中にある、ほんの少しの切なさ

描きながら、胸の奥にふわっと広がっていったのは、懐かしさに似た静かな感情だった。

海辺の風景は明るいもののはずなのに、
どこかに“少しだけ切ない気配”がある。

それは、波打ち際に置かれた船のせいかもしれない。
乗る人のいない船は、まるで思い出の断片のように見える。
過去に誰かがそこにいた気配をうっすら残しながら、
今はただ静かに佇んでいる。

描き終えたとき、私はその船がとても愛しく思えた。

「誰も乗っていなくても、そこに存在している意味がある」

そんな気持ちが浮かんできて、胸が少しあたたかくなった。










水彩が教えてくれる“心の風景”

水彩は、形よりも気配を描く画材だ。
風の向き、空気の揺れ、時間が過ぎていく音……
それら目に見えないものを色と水で描けることが、
この画材の一番の魔法だと思う。

今回の絵を描きながら、
私は“静けさに浸る時間”を久しぶりに味わった。

波が揺れ、風が通り、誰かの気配が残る海辺。
そこに置かれた小さな船は、
まるで「忘れてもいい思い出」をそっと見守っているようだった。

絵を描くたびに、自分の中にある小さな感情がひとつずつ形になる。
それをまた次の作品に持っていける。
そんな積み重ねが、きっとこれからの制作を支えてくれる。

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